ナチュラルリリースの徒然帖

山陰・鳥取・境港の情報を発信している釣り人です。最近は日々の徒然記がメインになっています。

人間は考える葦である

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パスカル曰く、「自然界では人間はとても小さな存在だが、自然界における人間の尊厳と偉大さは、人間の思考力にある」そうです。

なんのこっちゃ…。

いや、私はわかるのですが、わからなくても良いと思います。

 

それにしても、文章を書くって難しい。ブログを書いていてつくづくそう思います。

 

パスカルはこういう趣旨の手紙を出したことがあるそうです。

「今日は時間がなかったので、このような長いお手紙になってしまったことをお許し下さい」とさ。

つまり、この日のパスカルは時間に追われていたため、短い手紙を書くことができず、長い手紙になってしまったようです。

これを、「???」と捉えるか「なるほど!」と捉えるかは個人次第だと思います。

 

私は大学受験生だった頃、国語がものすごく苦手でした。

当時の国語の担当講師に「講義で扱った論説文を要約してごらん、時間があるときに見てあげるから。100字程度でね。」

とサラッと言われたことをきっかけに、講義後に必ず、講義で扱った題材の要約を作るようにしました。

(要約自体は後で読み返したりすることはありませんでした。100字に要約するという行為そのものが重要だったと考えています。)

そこから、私の国語の苦悩が始まりました。

「要約って激ムズぢゃん((( ;゚Д゚)))」

いつもそう思いながら課題に取り組んでいました。

ところが、ある日、パスカルの手紙のことを知り、初めて気付きました。

「要約がムズいんじゃない。要約の縛りがキツいんだ。100字って少なすぎる(笑)」

だいたい、1500字程度ある問題を100字にしようとすると、ものすごく言葉を選ぶんです。

だからといって、要約なので要点は外せない。

そのため、何度も何度も問題文を読み返しては、言葉を選び、捨ててはまた拾い…という作業を繰り返しました。

気付いたら、受験する頃には国語の偏差値が70を超えていましたよ、あれだけ苦手だったのに(笑

 

最近、ブログを書いていると、自分の表現がやたらと回りくどいと感じることがあります。

正確性を期すと単語が多くなります。

しかし、文章の内容が正確(誤読のおそれが少ない)だからといって、必ずしも読みやすいとは限りません。

 

習字を長く続けていた私は、どちらかというと達筆系の字を書きます。

妻は、いかにも女性っぽい字を書きます。

どちらが読みやすいか?

明らかに妻の方が読みやすい。

字が綺麗だから読みやすいとか、達筆だから読みやすいってのは必ずしも成り立ちません。

 

文章の内容が正確だから読みやすい文章である、とはいえません。

誤読がないように、正確かつ的確に、それでいて短い表現で内容を伝える。

究極だと思います。

短い文章を作り上げるのにものすごく時間がかかります。

 

400年の時を経て思いました。

 

それに気付いたパスカルってすげーな。